オーパルスの引退に寄せて

覚悟はしていましたが、とうとうきてしまったなという気持ちもあり、あっけない幕切れのようにも感じた、一番のお気に入りであったオーパルスの引退。

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簡単なスライダーを作りながらデビュー前から引退までの事を思い出しました。
出資を決めたのは、2009年の11月と、もう6年近くも前の話になってしまいます。
転職前の事ですから、随分前のように感じます。

倶楽部のサイトにアップされた、オーパルスを管理する加藤調教師の「どんな馬でも
預かるわけではない」と言い切ったその言葉を信じて、出資に至ったわけですが、2010年10月のデビューから勝ち上がりまで5戦を要しながらも掲示板を外すことのない堅実な走りは、コツコツと永らく現役で楽しませてくれるであろうという期待を抱くと共に、口取式参加という個人的なひとつの目標も達成させてくれました。

その後は新潟の同条件で連勝を狙うも、除外の憂き目にあい、再投票で回ったダートマイル戦で大敗。放牧に出た後に脚部不安もあり、復帰は年明けの小倉。大敗からの連闘で2着、中1週で望んだ500万でも2着と現級突破の目処が立ちながらも、新潟開催以降はスランプに陥ってしまいました。先行しては後続にかわされては競馬をやめてしまうようなレース振りになってしまい、夏の新潟・北海道開催でも結果を残せず、転厩に。

黒岩厩舎に移ってからも暫くはスランプが続き、差しの競馬に転じるようになってから復調気味に、そして直千へ。直線競馬で適性を見出すも勝つまでには至らず、浦和の交流戦でも敗退し、適鞍も春先まで無いという事もあってか再転厩へ。

再転厩先の伊藤正徳厩舎では、入障を視野にいれた調教を進めていきそのまま障害入りへ。落馬という心配事がつきまとってしまいましたが、レースを重ねる毎に上達する飛越の巧さは障害馬としてのセンスを感じさせ、福島にこっそり遠征。3着に負けはしましたが、レース後の倶楽部スタッフのYさんと、伊藤調教師の満足そうな笑顔が忘れられません。「障害でも勝つチャンスは充分あるぞ」という思いを持つことができました。

そして迎えた昨年末の障害未勝利戦。結果的には現役最後の勝利となりましたが、最後の直線は大興奮。初勝利の時よりも力が入ったと思います。エンコ職人様がアップした、toutubeのレース映像は消されちゃいましたが、今でも忘れられません。

年明けの障害2戦は奮わず、脚部不安もあって半年近く休養を挟み、引退レースへの出走となったわけですが、最後騎手が追えなかったのも、脚元の異変があったのかもしれませんね。とにかく無事に現役を終えることができてホッとしています。

ざっくりと現役を振り返ってみましたが、31戦のうち、リアルタイムでテレビ観戦or現地観戦ができなかったのは浦和の1戦のみでした。どのレースもよく覚えています。また、オーパルスで初めて「口取り経験」をさせてもらったという記憶は薄れることはありません。レース当週の緊張感に始まり、ゴール前で迎える歓喜の瞬間、ウィナーズサークルに向かう道のり、オーパルスを待っている間のワクワク感。どれもが今でも鮮明に残っています。それがオーパルスに対する思い入れの強さに繋がってしまったのかもしれません。

大怪我を負っての引退ですから、まずは傷を癒やしてから余生を過ごすことに
なると思いますが、長生きして幸せな余生を過ごしてくれることを願います。

オーパルス、ありがとう。

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